学校法人 福井城之橋学園/城之橋幼稚園

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今月の園長メッセージ

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6月の聖書の言葉「野原の花がどのように育つかを考えてみなさい」(ルカによる福音書 12章27節より)

「この花のように」 園長 栗原 武士

6月に入りました。福井はまだ梅雨入りをしていませんが、全国的に梅雨の始まりは早く、すでに福井でもかなりの雨が降りました。爽やかで過ごしやすい季節が過ぎ去り、夏に向けて季節は進んでいきます。梅雨の雨、夏の暑さなどを思うと、大変さを感じることもありますが、そうした季節が、自然を育み、私たちの生活を支えているのは紛れもない事実です。春に入園した子どもたちも、幼稚園生活を楽しみ、自らの個性を発揮しながら元気に過ごしています。成長を感じて嬉しい気持ちになる時も多いのではないでしょうか。しかし、いつも嬉しく感じられるとは限りません。様々な不安も感じるのです。育ちの姿は、人それぞれであり、そのペースも、伸びていく部分も違います。そのことを理解しながらも、他のお家のお子さんと比べてしまったり、自分の思うように子どもが成長しないことへの焦りや、不安を感じたりすることがあります。
そんな私たちに、イエス様は一つの問いかけをなされます。「野原の花がどのように育つかを考えてみなさい。」野の花は、人の手によって、植えられ、世話をされることはありません。自然の中で育っていくのです。種が偶然に撒かれ、雨が降り、土の栄養と共に水を受け、芽が出ます。太陽の光を浴び、根が広がり、茎が伸び、葉が生え、花を咲かせるのです。花の輝きは、見る者を魅了します。花が終わっても、実や種をつけ、次の世代へ繋がり、新たな命を広げていくのです。野の花の一生は、平坦なものではありません。しかし、最初から最後まで、自然の中にあって、様々な恵みの内に守られているのです。梅雨の大雨や、夏の日照りによって、厳しい状況になることもありますが、必ず止む時があり、そうした日々の出来事の先で、確実に成長するのです。生きている中には、恵みに思えない時、不安に思うような時もありますが、神様の働きは、日々の様々な出会いや、出来事を通して、私たちに与えられ、恵みの内に歩んでいるのです。私たちに、どんな不安があっても、神様が整えて下さいます。思い悩むことがあっても大丈夫です。
「草花の育ち」から、神様の働きが、私たちに向けられていることに気付かされます。幼稚園のフラワーポットに水をやっていると、子どもたちが声をかけてくれます。その時、子どもたちと草や、花、野菜の成長した様子を観察しながら、一緒に喜んでいます。神様の働きが、この自然の中に溢れていて、私たちもその自然の中の一つとして生かされていることを感じています。花が美しく輝くように、私たちも花を咲かせ輝けるのです。神様の導きと守りを信じて歩みたいと思います。

5月の聖書の言葉「安心して行きなさい。」(マルコによる福音書 5章34節より)

「背中を押し出されて」
栗原 武士
新学期が始まり、早いもの1カ月が過ぎようとしています。5月は、新しい環境にも慣れてきて、さらに一歩、前に踏み出す時期とも言えます。一方で、新型コロナウイルスの拡大が、福井でも再び起こっています。現在、県独自の緊急事態宣言が発出されており、行事等の変更なども生じており、ご迷惑をおかけいたしますが、感染予防の為にも、ご理解とご協力をお願いいたします。こうした状況が続く中で、昨年同様、先行きは不透明なままで、様々な不安を抱えています。新しい歩みが順調に進んできても、ちょうど、この5月辺りは、疲れが出てくる時期でもあり、停滞することもあります。そんな私たちに向け、今月の御言葉が与えられます。「安心して行きなさい」というイエス様の声掛けが、私たちの背中を押してくださいます。
マルコによる福音書5章25節から34節に、病に苦しむ一人の女性が登場します。彼女は「イエス様なら、私を癒して下さる。この方の服にでも触れればいやしていただける」と信じて、イエス様の後を従っていきました。そして、ついにイエス様を目の前にして、イエス様の服に触れて、彼女の病は癒されました。イエス様は癒された彼女に「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。」と声をかけられました。どんなに不安や、困難な状況にあっても、今までに与えられた出会いや出来事、恵みを受けているから大丈夫と信じて、前に進めば、乗り越えていけることを教えてくれています。
子どもたちの調子は日々変わっていきます。時間がかかって上がっていく子もいれば、最初調子よくて、後になって崩れる子もいます。どのような状況にあっても、子どもたちの毎日の積み重ねは、必ず力になっています。その力を信じ、「大丈夫だよ。安心して行けばいいのだよ。」と背中を押すことで、子どもたちは支えられ、前に進めて行き、それが安心感を育み、子どもたちの自信に繋がっていくのです。
このことは大人も同じです。私たちは普段から様々な恵みの内にいます。与えられた経験、出会い、出来事、すべてが恵みとなっています。そう思えない時もあるでしょう。しかし、後になって気付きを得て、恵みに変えられています。こうした多くの恵みに支えられて、私たちは今まで歩んできました。だから、私たちは信じて歩み出せるのです。安心して歩みだす私たち大人の姿を、子どもたちは見ています。私たちは、主から背中を押し出されています。「大丈夫だよ」と声をかける私たちも、子どもと一緒に「安心して」進み出していきたいと思います。この5月の歩みも主の豊かな祝福がありますように。

4月の聖書の言葉「わたしは良い羊飼いである。」(ヨハネによる福音書 10章14節より)

「羊の群れに」    園長 栗原武士
ご入園、ご進級、おめでとうございます。
今年も春を迎えました。街の桜や、園庭の花々も満開となり、すでに新緑の緑が輝き始めました。スピード感のある自然の豊かな力を感じます。一方で、新型コロナウイルスの影響が出始めて1年以上がたちましたが、今もなお、先の見えない状況が続いています。しかし、私たち城之橋幼稚園は、昨年度の経験を活かし、感染対策を講じながら、子どもたちが大きく成長できるように、94年目の歩みをスタートいたしました。今年は13名の新しいお友だちを迎え、新しく着任した先生もいます。今年も、多くの出会いや関わりが与えられたことを感謝しています。幼稚園に新しい風が吹き、愛のある交わりから、子どもも大人も大きく成長できると信じています。
新しい環境に胸躍る一方、不安に思うこともあります。子どもたちも、お家の方にとっても、生活が変わり、変化を受け止めるには時間もかかります。年間聖句に「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです」(コリントの信徒への手紙Ⅰ 12章26節)と書かれています。人間の体のように、一人ひとりは、それぞれ一つの部分であり、その部分は体に繋がっていて、痛みや苦しみ、また喜びを共にすることが書かれています。私たち一つの体として、子どもたちや、お家の方、園の教職員が繋がり合い、共感する中で、安心感が育まれ、それが成長へと繋がり、様々な課題を一つひとつ超えていけるのだと思います。また、今月の聖書の箇所は「私は良い羊飼いである」というヨハネによる福音書に書かれた言葉です。これはイエス様が羊飼いとして、私たち一人ひとりを導き、守ってくださることを伝えています。私たちの毎日には様々な出来事が起こりますが、いつも神様の守りや恵みを受ける中、歩めていることを教えて下さっています。イエス様は、羊飼いとして、私たちの一人ひとりのことを、良く知って下さっていて、その安心感の中で、私たち(羊)は育まれていくのです。幼稚園も、その安心感の中で育つ「羊の群れ」だと思うのです。幼稚園という一つの群れの中で、幼稚園の保育者は、羊として、子どもたちと共に生きるのと同時に、主から羊飼いの役割を託されていることを心に留めています。私たちは、イエス様に倣って、子どもたちに思いを寄せ、理解を深め、共に歩んでまいります。この歩みを、主であるイエス様が、祝し、守って下さることを信じ、子どもたち、またお家の方々と同じ群の仲間として、力を合わせ、子どもたちにとって最良の環境を作っていきたいと思います。どうか、よろしくお願いいたします。

3月の聖書の言葉「わたしは必ずあなたと共にいる」(出エジプト記3章12節より)

「共に居て下さる神様」  栗原 武士
いよいよ3月になりました。この年度も終わりを迎えます。今年は新型コロナウイルスによって、例年とは違った流れになりました。出来なかったことを挙げればきりもありませんが、一方で、今まで行ってきた城之橋幼稚園の保育を振り返る時が与えられ、今の子どもたちに必要な保育や関わりについて、より考えを深め、改善し、新たな試みを行うことが出来ました。また、この城之橋幼稚園で大切にしている「たてわり保育」も、コロナ禍であっても行いたいと考え、クラスごとの人数を小さくし、感染予防に努め、保育内容を工夫し、取り組んで参りました。この1年間の子どもたち同士の交わりによって、憧れや、挑戦する気持ちが育まれ、相手を支え、思い合う心が育ちました。沢山の気付きも生まれました。距離を取ることが新しい生活様式となる時代だからこそ、心の距離を近づけながら、関わりを深め、隣人を大切にすることが出来たことを嬉しく思っています。このような一年の歩みが実現できたのも、保護者の皆様方のご理解とご協力があってのことと、感謝しています。卒園や進級を前にして、本当に子どもたちは大きく成長しました。この成長が、これからの歩みも力強く支えてくれると信じています。
今月の聖書の言葉は「わたしは必ずあなたと共にいる。」という言葉です。この言葉の直前に、神様は、モーセというユダヤ人に、エジプトにいる全てのユダヤ人を導き、エジプトから脱出させるように命じました。モーセは「なぜ自分がそんな大変なことをしなければならないのか」と神様に反論します。その時に、神様は、この言葉をモーセに語りかけたのです。モーセは、神様と出会うまでの間に、命を失いそうになる危機があり、同胞のユダヤ人から受け入れられない経験もしました。モーセが、先のことに不安を思い、指導者という役割を断ろうとした気持ちは理解できます。私たちも、モーセのように、これから先の歩みに様々な不安を持っています。そのような私たちに、神様は「必ずあなたと共にいる」から、大丈夫だとおっしゃるのです。どういうことでしょうか。モーセは、これまでに危機的な状況がいくつもあったのですが、それでも神様に守られて、歩んで来られたのです。神様と出会うまで歩めたということは、神様がいつも共にいて導いて下さったことを証ししているのです。
今年度のように、先の見えないコロナ禍にあっても、私たちは神様に守られ、導かれました。大きく成長しました。不安があっても、神様が支えて下さり、必ず前に進み、成長できるのです。神様がこの1年だけでなく、ずっと前から共にいて支えて下さった事を思い起こし、恐れずに新しい時に向けて、歩み出していきたいと思います。

2月の聖書の言葉「愛は、すべてを完成させるきずなです。」(コロサイの信徒への手紙3章14節)

「完成させるきずな」 栗原 武士
2月に入りました。昨年は、雪のない冬を過ごしましたが、今年は早々に大雪となりました。自主登園をお願い致しましたところ、ご理解とご協力頂きまして、感謝申し上げます。また、ご来園の際に、雪かきのお手伝いをご協力して下さった皆様、ありがとうございました。この大雪で、様々な困難を覚えた半面、この雪は子どもたちにとって、雪に触れ、感じ、楽しむという、良い経験の時となりました。また、雪の降らなかった年に起きる水不足の解消の一助となることでしょう。どのような状況にも、恵みが含まれ、与えられることを思います。恵みの内に様々な経験を重ね、大きくなった子どもたちが、作品展に向けて毎日頑張っています。自分の思いや、気持ちを込めて、思う存分、製作に取り組む姿は、生き生きとしています。全身を用い、仲間と一緒に表現することは、これからの歩みにおいても大きな力となるでしょう。
今年度も残りわずかとなってきました。そんな私たちに素敵な聖句が与えられました。「愛は、すべてを完成させるきずなです。」これは、コロサイの教会の人々に向けて書かれた手紙の一文です。先月の聖句「神は愛です」という言葉から、私たちを「神様がいつも愛して下さっている」ことを知りました。この手紙の著者は、神様から一方的に愛されているからこそ、『「憐れみの心」、「慈愛」、「謙遜」、「柔和」、「寛容」、「忍び合い」、「赦し合い」を身に着けなさい。』と記しています。人間が生きていく上で、この7つの項目を守り、身に着けることが大切であることは、誰もが思うことでしょう。子どもたちにも、この7つの項目を大切にして、歩んでほしいと思います。しかし、この項目を大切にして、今、歩めているのかと振り返れば、実際には、そのように歩めていない自分の姿に気付かされるのです。それでは、この7つの項目を大切にして歩むことはできないのでしょうか。そうではありません。14節に「これらすべてに加えて、愛を身に着けなさい」と著者は語ります。神様が愛して下さったように隣人を愛そうとすると、自然とこの7つの項目を実践することになります。難しく「慈愛」をどう行うかと考えるよりも、自分の隣にいる人のことを思い、行動しているうちに「慈愛」に満ちた行動になっていたり、その中に「寛容」が現れたりするのです。だから、愛は全てを「完成させるきずな」なのです。実際に、子どもたちは、クラスのお友だちだけでなく、大きなお友だちや、小さなお友だち、保育者と、愛を向け合う中で歩んでいます。その中で、沢山の愛や、恵みを受けて、大きく成長しています。これからも、そうした愛の内に関わり合う幼稚園として、子どもも、大人も一緒に歩んでいきたいと思います。今月もよろしくお願いいたします。

1月の聖書の言葉「神は愛です。」(ヨハネの手紙Ⅰ 4章16節より)

「神様の愛の中で」  栗原 武士
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。この新しい2021年が恵み豊かな年となりますよう、教職員一同お祈り申し上げます。
いよいよ年度最後の3学期が始まりました。新型コロナウイルスの影響で、昨年の4月と5月は登園自粛期間となりましたが、6月以降、コロナ禍の中でも、園で楽しく過ごしながら、子供たちは様々な経験を重ねてきました。2学期最後の12月には、クリスマス会以降も、様々なところで成長した姿を見せてくれました。つばめ組、ひよこ組のお友だちは、小さいお友だちに進んで声をかけ、様々なところで支え、助ける場面が以前よりも増えてきました。小さいお友だちも、お兄ちゃん、お姉ちゃんのクリスマス会の姿や、日常で一緒に遊んでいる時の姿に憧れの思いを持ち、同じようにやってみたいと挑戦していました。12月の後半から天気も悪いこともあって、室内で縄跳びをする姿をよく目にしましたが、小さいお友だちも果敢に挑戦し、飛べる子が増えてきました。飛べた時には、保育者や一緒に遊んでいるお友だちから「すごいね」「上手だね」など声を掛けられ、みんなで嬉しい気持ちになりました。改めて、関わり合うことの大切さを感じました。お互いに相手のことを思い合って、支え合っています。まさに「愛」に溢れた交わりです。こうした関わり合いに子どもたちは支えられて、成長しているのです。
今月与えられた聖書の御言葉は、「神は愛です。」という言葉です。神様がどうして「愛」なのかについて、同じ4章9節で「神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。」と書かれています。私たち人間が生きるためであれば、神様は自分の子どもであるイエス様をも、この世に与えて下さるのです。その子が十字架の死を迎えるのですから、神様は、親として、最も辛い思いをなさるのです。それでも私たち一人ひとりを救ってくださるのです。ここに無償の愛の姿があります。神様は、私たちを生かすために最善の恵みを与えて下さり、導かれるのです。だから神様は「愛」なのです。私たちは、その「愛」に支えられています。「愛」のあるところに、成長や、喜びがあるのです。子どもだけでなく、大人も含めて、お互いに「愛」を感じ、育み合う幼稚園として、この3学期も歩んでいきたいと思います。今年もよろしくお願い致します。

12月の聖書の言葉「学者たちはその星を見て 喜びにあふれた」(マタイによる福音書2章10節)

「喜びにあふれる時」  栗原 武士
もう1年の最後の月となりました。思えば、この一年は新型コロナウイルスの感染が拡大する中、試行錯誤の1年となりました。それは幼稚園だけの事ではなく、毎日の生活にも大きな影響がありました。先の見通しも立たない困難な時代だからこそ、私たちは希望を求めたくなるのです。
今月の聖書の箇所は、聖誕劇の中に登場する、東方の博士の物語の中に出て来る言葉です。博士たちは、天文学、占星術を研究していました。その為、多くの人から占ってほしいと依頼され、彼らは占っていました。彼らは未来のことを伝えられても、未来を変えることは出来ず、また占いの結果に苦しむ人を救うことは出来ず、博士たちは疲れ、苦しんでいたのです。そんな中、博士たちは西方に光る星を見つけました。その星の輝きや方向から、「ユダヤの王、神様の子、救い主が生まれるしるし」と分かりました。その星について行くと、西へ、西へと道を示していきました。星について行く旅は決して楽ではありませんでした。飛行機も車もない時代です。砂漠の中も通ります。しかし、その星が彼らの歩みを導き、その旅も順調に守られていきました。その中で博士たちは、生まれる王は、ユダヤ人だけでなく、違う国の自分たちをも守り、導かれる方なのだということに気付き、嬉しくなりました。そして、ついに星はベツレヘムのイエス様の生まれた場所の上に止まりました。博士たちは、苦しい現実の中でも、神様が自分たちを最後まで導いて下さり、自分たちの力ではどうすることも出来ない状況でも、元気に生きることが出来る力や恵みを与えて下さることを知って、喜びにあふれました。そして出会った救い主を通して、彼らは無限に広がる救いや可能性を感じたのです。救い主は力強い王の姿ではなく、赤ちゃんの姿でした。赤ちゃんに無限の力が秘められていることを、私たちは知っています。子どもたちは、この2学期の間だけではなく、生まれてから今日まで、多くの恵みを得て、力をつけてきました。これからも無限の可能性を持っています。そんな子どもたちの姿を通して、神様が与えて下さる恵みは無限に広がり、星の光で博士を導かれたように、子どもたちも、私たちも、神様がこれからも導いて下さることに気付かされ、私たちも喜びにあふれるのです。私たちはクリスマスを迎える時、どんなに厳しく、困難な状況にあっても、神様が私たちを愛し、導き、守って下さることを、イエス様のお誕生を通して気付かされます。希望の内に、新しい年を迎えたいと思います。

11月の聖書の言葉「わたしがあなたを愛したように 互いに愛し合いなさい」( ヨハネによる福音書15章12節より)

「愛のある交わり」 栗原 武士
秋も深まり、朝晩の寒さも厳しくなってきました。冬の訪れを肌で感じています。10月には数多くの行事が行われました。お家の方々のご理解、ご協力もあり、子どもたちにとって豊かな経験の時となりました。その経験によって、子どもたちは大きく成長しています。その成長を活かして、この11月も保育を進めてまいります。
子どもたちが、園内で困っているお友だちを見つけると、そのお友だちの所へ行き、声を掛けています。「どうしたの」と言いながら、手を繋いだり、頭をなでたりして、その友達に寄り添い、必要な手立てを考えます。先生の所へ一緒に行って、事情を説明するとか、自分たちで出来る手伝いを行ったり、友だちに代わって行ったりするなど、それぞれに友だちのことを思って行動しています。こうした場面に、愛が示されています。困っているお友だちを見たらどうしたらよいのかということを、子どもたちに言葉で教えたわけではありません。子どもたち自身が、幼稚園の生活を通して、大きなお友だちから、同じクラスのお友だちから受けた、愛のある交わりによって、育まれたものです。自分が友だちから愛を受けて、助けられた記憶や、嬉しい気持ちが、子どもたちの中に積み重なっていき、自分が愛されたように、周りの友達に向けられるのです。
この子どもたちが向け合う愛というのは、一方的な愛です。友だちが困っていると感じ、力になりたいと思い、動くのです。そこに見返りなどを考えていません。しかし、成長するにつれ、計算によって愛を行うことが増えてきます。愛を行った後に、その相手から愛を受ける経験を重ねるうちに、返ってくるのが当然のように錯覚してしまうのです。反対に返ってくるものがないと、愛されていないのではないかと感じ、不安を覚えるのです。愛とは見返りを求めるものではありません。自分が愛を誰かに向けていなくても、思わぬところから一方的に受けるのが、神様の示される愛なのです。自分にとって思いがけない出来事や、出会いによって、支えられる中で、神様から愛を受けていることに気が付くのです。それを気づかせてくれるのが、友人や家族、隣人なのです。一方的に愛されていることを知ると、勇気が湧いてきます。子どもたちは園だけでなく、お家や、様々な生活の場所でも愛を受けています。そうした愛を受ける日々を通して、神様の愛を知り、互いに愛し合っているのです。愛による交わりを更に広げるひと月となりますように。

10月の聖書の言葉「いかに楽しいことでしょう 主に感謝をささげることは 」(詩編92:2より)

「『楽しい』を感謝して」 栗原 武士
10月に入りました。気温も落ち着いてきて、秋らしくなってきました。子どもたちは、園で運動会ごっこや、園外保育を楽しんでいます。新型コロナウイルスの影響が保育の中にも出ており、当初は体を動かす保育も思うように行えませんでした。その様な状況下にあって、幼稚園として、感染予防に務め、保育内容に工夫を凝らし、子どもたちが豊かな経験を重ねられるように努めてまいりました。子どもたちは新しい生活様式を習得しながら、元気に体を動かし、日々成長しています。その姿を、今月もお家の方々と共に喜び合いたいと思います。
秋はよく「行楽の秋」とも呼ばれています。気候が落ち着いた中、沢山の楽しい経験を重ねられる時期です。しかし、新型コロナウイルスの感染が懸念される中、移動は制限され、新しい生活様式に基づく今年は、今までの様な形態の行楽が難しくなっています。しかし、そのような中でも、楽しい経験が出来る様にと、様々な工夫が行われています。少人数によるゆったりとした空間での体験。県外に出るのではなく、県内各地の良さを再発見できるイベントなど、今までと違う楽しさがあります。また、オンラインによる体験は、以前では考えられないぐらい活用され、遠くにある場所を見聞きし、遠くに住む人と交わることが、気軽に出来るようになりました。実際に訪問して、 見聞きし、出会う方がより深い体験になることに違いはありませんが、その仮想体験も経験に一つであり、実際に訪問したいという願いや希望が膨らみ、次へ繋がるのです。このような大変な状況の中でも、私たちには変わらずに恵みを得ているのです。
子どもたちは、どのような状況下にあっても、目の前の時間を精一杯楽しんでいます。受けている恵みを素直に喜んでいます。「たてわり保育」も、例年の様に行えない状況にありましたが、日常生活の中で、大きいお友だちと、小さなお友だちが楽しそうに過ごしていました。そして例年とは違う形で始まった「たてわり保育」の関わりを、グループの人数が少なくても、子どもたちは思いっきり楽しみ、お世話する喜びや、憧れる気持ちを育んでいます。関わる形が変化しても、しっかりと繋がり合えるのです。「楽しい」という感情は、「関わり」から生まれます。「関わり」は共に生きる隣人がいて、生まれます。この出会いは、神様から与えられた恵みです。日々、恵みの内にあることを感謝するというのは、毎日の「楽しい」を感謝することと同じです。改めて、日々の「楽しい」を思い起こし、感謝しつつ歩みたいと思います。

9月の聖書の言葉「わたしはあなたがたを友と呼ぶ」(ヨハネによる福音書15章15節より)

「友と共に」 栗原 武士
暑い日が続いていますが、日も少しずつ短くなり、夜になると虫の音も聞こえて来て、確実に夏から秋へ向かっていることを覚えます。今年の夏は、新型コロナウイルスの影響で、例年と同じ様な夏を過ごすことが難しかったと思います。しかし、言い換えれば、例年と違う過ごし方を通して得られた恵みもあったのではと思います。そうした多くの恵みに満たされて成長した子どもたちが、再び幼稚園に集まってまいります。2学期も新型コロナウイルスに留意した保育となりますが、その中で精一杯、子どもたちが経験を重ねて、成長できる2学期としていきたいと思います。引き続き、よろしくお願いいたします。
1号さんの夏休みが終わって、友だちが全員揃うと、子どもたちはとっても嬉しい気持ちになり、表情にもその喜びが現れています。夏にあったことをお話したい、みんなと遊びたいというワクワクした空気にあふれています。この時期、改めて友だちの存在が、お互いの支えや力になっていることを感じます。
今月の聖書の言葉は、イエス様が私たちに向けて語って下さった「わたしはあなたがたを友と呼ぶ。」という言葉です。「友」は、上から見下す関わりでもなければ、下から、相手の機嫌を見ながら関わるのでもありません。イエス様は対等どころか、私たちよりさらに低くなり、私たち一人ひとりを愛して下さり、必要な時に必要な恵みを与えて下さり、全力で関わって下さいます。そして、私たちはイエス様と一緒に居る中で豊かになるのです。そのことを「わたしはあなたがたを友と呼ぶ。」という言葉で示して下さっているのです。
子どもたちの友だちを思う気持ちは、私たち大人が考える友だち関係よりもシンプルです。一緒にいて楽しい。また遊びたい。大好き。そうした純粋なつながりの中で、イエス様が語るような、相手を思い、相手のために何かをしたい気持ちが湧いてきて、関わりを深くしていきます。その交わりにイエス様も共に居て下さいます。その結果、共に豊かな実を結ぶ。つまり、共に成長していくのです。大人になればなるほど、打算的になり、関係性の中で利害や損得などを考えてしまいがちですが、改めて、大人も子どもも関係なく、シンプルに相手のことを思い、歩む者でありたいと思います。そうすると、神様とイエス様の一体性の中で、私たちは豊かになるのです。この2学期が実り多い学期となりますように。

7月の聖書の言葉「今日を喜び祝い、喜び踊ろう。」(詩編 118:24)

「喜びの時に」        栗原 武士
夏を感じさせる日が増えて来ました。園庭にある野菜も元気に育ち、鮮やかな色をつけています。子どもたちは、熱中症に気をつけながら、毎日元気に過ごしています。通常保育が再開して1ヶ月になりました。新しい生活様式を取り入れ、例年と違う流れの中で保育を行っています。子どもたちは、友達と一緒に過ごす毎日を楽しみ、幼稚園は笑顔で溢れています。新型コロナウイルスに対する警戒は続いていますが、登園自粛の期間を乗り越えて、共に歩める喜びを感じています。今月の暗唱聖句である「今日を喜び祝い、喜び躍ろう。」という御言葉は、ちょうど今の私たちにぴったりな言葉です。
この聖書の箇所の前には、「家を建てる者の退けた石が、隅の親石となった。これは主の御業、わたしたちの目には驚くべきこと。」と書かれています。これは家を建てようとして土地を整える際に出てきた石が、建築に必要のないものとして捨てられてしまうのですが、建物を建てる人によって基礎の中で最も重要な隅(角)に置く親石として、その捨てられた石を用いたというお話です。つまり、自分が周りから必要とされず、捨てられ、孤独を感じる様な事があったとしても、全てを創造される神様が、親石という大切な働き人として用いて下さるのです。これが、神様の「御業」なのです。私たちの思いや考えを超えて、神様は私たちに働きかけ、導いて下さるのです。上手くいかないことがあっても、神様が支えて下さり、それぞれに輝ける場所や機会が与えられるのです。
そう言っても、なかなか実感できないかもしれません。しかし、今日の1日を、変わらずに迎えられていることや、子どもたちが日々成長している姿を見ると、感謝と喜びがの思いが溢れてきます。昨日できなかった事が、今日できるという喜びを、子どもたちは体験しています。出来るようになったことは、日々繰り返す中で、更なる自信に繋がります。この事は、子どもだけではありません。私たち大人でも同じです。何気ない毎日も改めて振り返って考えてみると、恵みに満ちています。特に、自粛を過ごした日々や、なかなか思う様に事が進まない中でも、私たちは生かされ、経験を重ねて成長しているのです。人が思う理想や予想ばかりが、全てではありません。それを超えて神様が働かれるのです。私たちはその事を信じ、子どもたちと一緒に歩み、お互いに育っていく姿を見つめ合いながら「喜び祝い」たいと思います。今月もどうかよろしくお願いいたします。

6月の聖書の言葉「あなたがたはそれぞれ。 賜物を授かっているのです。」(ペトロの手紙Ⅰ 4章10節より)

「賜物を受けて」 栗原 武士
新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受けて行った登園自粛も、5月25日に解除することが出来ました。ようやく本格的に新しい年度の歩みが始まります。これまでの幼稚園の対応について、ご理解とご協力を頂きましたことを感謝いたします。ありがとうございました。今後は、更なる流行の波が訪れる可能性もありますので、新しい生活様式に基づいて保育を行うことになります。その為、今までの行ってきた保育内容となかなか同じようには行えませんが、城之橋幼稚園らしく、子どもたちの今の姿に寄り添い、心を育む保育を行えるように努めてまいります。どんなに社会の状況が変化しても、お互いに思い合い、支え合い、仕え合って歩むことの大切さは変わりありません。イエス様が教えて下さった「互いに愛し合いなさい」という言葉を胸に、大人も子どもも、今できる精一杯の関わり合いを通して、共に育まれる一年として歩みたいと思います。
しかし、現実としては、既に6月になり、例年行ってきた行事の中で、行えなかった行事もあります。この先のスケジュールを見直していても、日程の変更や中止。行ったとしても内容の変更が伴うものも多くあります。その様な状況を考えると、「出来ない」ことばかりを、指折り数えてしまい、悲観的に考えてしまいそうです。そんな私たちに、今月の聖書の言葉が与えられます。「あなたがたはそれぞれ、賜物を授かっているのです」とローマ領内にある諸教会に向けて書かれた手紙の一節です。この手紙が書かれた時代は、キリスト教の教会に対して迫害が起きていました。厳しい迫害が、いつまで続くのか分からない状況にありました。その中で悲観的になる人々に対して、「私たちには神様から賜物を与えられているのです」と力強く語り掛けています。賜物とは、神様から頂いた「良いもの」を意味していて、私たちにとって必要な「力」や「出来事」など、恵みを意味しています。つまり、私たちには最悪のような状況にあったとしても、その状況下の中で最高のことが出来る「力」や「機会」、「発想」が与えられているのです。今までにない新しい発見や気付きも与えられるでしょう。その積み重ねによって、私たちは大きく成長するのです。今までも社会の中で危機的状況を経験し、私たちは多くのことを学び、そうした経験が糧となり、今を生きる力になっています。そう感じられなくても、神様はその時々に必要な賜物を与えて下さるのです。そのことを信じ、前に足を進めていきたいと思います。

5月の聖書の言葉「あなたはわたしのもの。 わたしはあなたの名を呼ぶ。」(イザヤ書43:1より)

「名前で呼び合うということ」 栗原 武士
5月になりました。新型コロナウイルス感染症の拡大によって、昨年度末より、県や市の要請を受け、自主保育をお願いさせて頂いています。新年度は、進級式、入園セレモニーのみを行い、引き続き自主保育が続いています。皆様のご協力によって、保育の縮小を維持する事ができています。ありがとうございます。一方で、自宅での保育の期間が長くなりました。お家で家族と過ごす時間が増えたことによって、得られる恵みもあれば、今までの日常の生活が変化したことによって、様々な課題も出てきています。この春らしい気候の中でも、先行きの不透明さが不安な気持ちを生み出しています。
そんな不安な状況は、現代社会だけではありませんでした。今月の暗唱聖句は、60年に渡り、捕虜としての生活を余儀なくされて、先の見えない不安の中にあったユダヤの民に、ある預言者が語りかけた言葉です。最初は苦しい時間も長くは続かないと楽観的に構えていた人々も、大変な時間が長くなるにつれ、希望を失っていきました。自分たちが自分たちらしく生きることも叶わず、救いを渇望します。しかし、状況は変わらず、救われた実感もありません。そうなると神様からも見放されたと感じ、この苦しみは誰にも理解されないと感じてしまい、諦めてしまう空気に支配され、希望を見出すこともできなくなっていたのです。
そこで今日の「あなたはわたしのもの。わたしはあなたの名を呼ぶ」という言葉がかけられるのです。「あなたはわたしのもの」、神様から見放された様に感じる厳しい状況にあっても、神様は変わらずに一人ひとりを愛し、大切にして下さるのです。それを端的に示すのが「わたしはあなたの名を呼ぶ」ということです。名前を呼び合う関係というのは、親しい関係です。「あなたのことを私は覚えていますよ」という宣言です。覚えてもらえているという事は、どんなに心強い事でしょうか。私たちは恐れや不安を思う時に、孤独を感じます。そんな時に、神様は、私たち一人ひとりの名前を呼ばれ、私たちのことを覚えて下さり、愛して下さり、必要な力を、恵みを与えてくださっているのです。
どんなに大変なことも、必ず終わりの時を迎え、私たちを導き出し、前に進ませて下さるのです。だから、お互いに覚え合い、名前を呼び合う先に、神様の導きがあり、愛に溢れ、お互いに成長するのです。どんなリスタートの時を迎えるのか分かりませんが、私たちは子どもも大人も積極的に名前を呼び合って、共に歩んでいきたいと思います。

2020年度 年間テーマ「じょうのはしたんけんたい しゅっぱつしんこう!!」   年間聖句「喜びと平和とであなたがたを満たす」(ローマの信徒への手紙15章13節)     

「新しい歩みの中で」                      園長 栗原 武士

ご入園、ご進級、おめでとうございます。今年も春を迎えました。街の桜は満開になり、自然の豊かな力を感じます。一方で、コロナウイルスの影響が社会に影を落とし、先の見えない不安や閉塞する空気を感じています。そのような中で、認定こども園城之橋幼稚園は93年目の歩みをスタートいたしました。今年は12名の新しいお友だちを迎えました。新しいのはお友だちだけでなく、新しく着任した先生もいらっしゃいます。新しい変化の中で、今年度も多くの出会いや関わりを重ね、多くの経験をして、子どもも大人も大きく成長できると確信しています。
2020年度の年間聖句には、「喜びと平和とであなたがたを満たす」という聖書の御言葉(みことば)が与えられました。今のコロナウイルスが猛威を振るう現状を前に、この言葉のように感じにくいというのが本音かもしれません。希望も見えにくい毎日ですが、そんな時ほど、私たちは喜びや平和について、改めて考えてみたいと思うのです。私たちは、どのような状況にあっても、日々経験を重ねています。その中で出来ることが確実に増えていきます。初めて立つことができた。歩くことができた。自分でご飯を口に運ぶことが出来た。丸をかけた等…そうした一つひとつが喜びであり、その喜びに満たされた所が平和なのです。だからこそ、皆様のご家庭も、城之橋幼稚園も喜びと平和に満たされる場なのです。
2020年度の年間テーマを「じょうのはしたんけんたい しゅっぱつしんこう!!」と設定させていただきました。自分たちが喜びと平和に満たされていることを、子どもたちと、お家の人々と共に発見する1年でありたいと思い、共に「じょうのはしたんけんたい」として出発したいと思います。その歩みの中で、日々多くの恵みを受けていることに気付くことが出来ると思います。その時、私たちは4月の聖句にあるように「神に愛されている」ことを知るのです。子どもも大人も、神様に愛された子どもとして、恵まれており、一人ひとり素敵な賜物、良さ、カラーを与えられています。それをお互いに活かし合い、受け入れ合う幼稚園として、保護者の皆様とご一緒に、歩んでいきたいと思います。

2月「このように主によってしっかりと立ちなさい。」           (フィリピの信徒への手紙4章1節より)

「立ち上がる力」                         園長 栗原武士
2月になりました。冬も深まりましたが、雪はなく不思議な感じがします。三国の方とお話をしていたら、福井沖で獲れていた魚が、海水温が上がったために北の海へ上ってしまったそうです。野菜や果物の育ちも例年と変化が出ているそうです。自然の変化を通して、環境問題の大きさを感じます。子どもたちにとってより良い生活が出来るように、関わる大人として環境問題もしっかり考えていきたいと思います。
環境と言えば、幼稚園は環境を通して教育をする場です。環境構成を考え、その中で行われる遊びや生活を通して、経験を積み重ねながら学んでいくのです。今回開催された作品展の作品は、どれも力強く、子どもたちの思いが込められています。子どもたちが体中、絵具や糊だらけになって造った力作です。これらの作品が造られ、飾られていく過程で、子どもたちはこの環境に力付けられていく様子を目にしました。つばめ組さんがダイナミックに色付けをする様子や糊だらけになる姿を見た下のクラスの子どもたちは「やってみよう」という気持ちになり、思い切り作品を作り始めました。慣れない手つきもだんだんしっかりとしてきました。その変化が一日一日と進んでいく様子に保育者も嬉しくなりました。子どもたちも作品が画用紙サイズから大きくはみ出して、より大きなサイズの作品を作り始めた時の目の輝きは生き生きとして、なんとも楽しそうで、自信に満ちていました。こうした体験は生涯なかなか出来るものではありません。自分の力を思い存分発揮するという体験が、自分の持っている力を出し切る気持ちよさを覚え、これからの人生の中で活きていくのです。これからの更なる子どもたちの成長が楽しみです。
今月の聖書の言葉は、「主によってしっかりと立ちなさい」という使徒パウロの言葉です。環境によって力づけられる子どもたちと同様に、私たちは周りの環境から多くの力を頂いています。そう、主から与えられた力です。自分の力は、自分の努力で獲得したようにも感じられますが、実際は主から与えられた多くの出会いや出来事を通して与えられるのです。時に、しっかりと立つことが出来ない時もあります。しかし、私たちは家族や友人、仲間、たった一度出会った人も含めて、人との繋がりの中で私たちは支えられ、力を得ています。子どもたちも、時に立てない時があっても、そうした繫がりの中で必ず立ち上がり、立つことが出来るのです。そのことを私たち周りにいる大人が信じて、子どもたちを見守り、支えていきたいと思います。今月もよろしくお願いいたします。

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